コ◯ナで寝込みながら進撃の巨人を見るという、地獄のハッピーセットのような数日間を過ごしていました。
いや~夢見が悪かった。
私は割と体が丈夫な人間なので、
子供の頃から換算しても風邪らしい風邪をほとんど引いたことがありませんでした。
コ◯ナも5年間無縁だったし、インフルエンザも生まれてこのかた一度も罹患したことがなかった。
しかし、まさかのこのタイミングでのコロナ発症w
ボランティア活動に一区切りをつける前の最後の活動を予定していたのだが、キャンセルせざるをえなくなった。
↓詳しくはこちらァ!

なにこれ嫌がらせ?
いや、行くなってこと…?
よく聞く冥王星の強制終了みたいなものでしょうか。
まあどっちでもいいんですけどね!
私の身体は絶対に風邪をひかない無敵状態か何かだと思っていたのだが、
あ、そんなことないんだなと考え直しました。
そもそも、ここ1〜2週間、仕事が忙しかったのに加えて
ボランティア活動の諸準備を夜中までやっていて、あまり眠れていなかった。ぶっちゃけしんどかった。
やはり睡眠不足は万病のもと。絶対に許すな。
そんでもっと自分の体を大切にしようと思った。
なんでこんなに粗末に扱ってたんだよ!?普通に考えて。
こんなにキュートでポップで天才な私様のたった一つの体を!信じられねえ!
ボランティアガチ勢たちに混ざって活動することでわかったことがある。
彼らはいい人たちだ。
しかし、何かがズレているように感じることもある。
中には、仕事をしないで借金してまでやってる人もいるんだぜ。
まあ、ぶっちゃけそれで助かっている人たちがいるのも事実だけど
そんなん良しとしていいわけがなかろう、と私は思う。
さてはあいつら木星ノーアスペクトだろ。
やーいお前の木星ノーアスペクト〜〜
※私もです
↓木星ノーアスペクトへの偏見を書き綴った記事

自分自身の人生と向き合うことから逃げるために、
自己犠牲というのはとても便利なツールだと思う。
これはボランティアに限ったことではなくて、
その他の場面でも同じことが言える。
自己犠牲とは現実逃避だ!!
とはいえ、ただのお花畑系現実逃避に比べると他人から褒められるし必要とされるので
それに本人は気づきづらいと思う。
人柱のようにあがめられることで承認欲求を満たせるだろう。
だからやめられない。麻薬みたいに気持ちよくなっちゃうから。
そして、自分たちと同じように自己犠牲をして動こうとしない人達を過度に責める。
でも、この過剰な自己犠牲を伴わずに淡々と安定的に活動をしている人ももちろんいる。
そういう人は大体仕事でも成功している。
仕事で成功できる人というのは
win-winの関係を築くのが上手い人だとも言える。
自己犠牲することの中に自分の存在価値を見出していない。
自分の理想の世界を作るための活動の一環でしかないのだ。
だからボランティア=自己犠牲というわけではない。
ある意味自分のためにもやっているのだ。
このように、同じ活動をするにしても、
自己犠牲と他者からの承認を得ることを目的としている人と
自分の理想の世界をつくるための一環としてやっている人がいるのだ。
私は、どうせやるなら後者の人間になりたい。
でも今の自分ではただの自己犠牲になってしまうから
まずは自分のベースを整えることに専念したい。
と、思っている今日この頃です。
ちなみに、第三勢力として
他にやることがなくて暇なので趣味感覚でボランティアやってる
ってタイプの人もいる。
まあそういうタイプの人が増えるのが一番平和だと思う。
昔から、自己犠牲系のイイハナシを見るとモヤっとしていたんだけど
やっぱ自己犠牲の裏側には
強烈な劣等感とエゴイズムがあるからだわ。
まずは自分の人生!!
自己犠牲なんてやってる場合じゃねえ!
人生はそんなに暇じゃねえのよ。
自分の人生とまともに向き合えていない人が自己犠牲で救える範囲なんて大したことない。
アルマゲドンの見過ぎ!
お前の自己犠牲で世界を救えるなんて、思い上がりも甚だしいぞ。
命をなげうって世界を救えるのなんて、
孫悟空かアルマゲドンだけ!
私もつい面倒で自己犠牲で済ませてしまおうとしてしまうことがあるけれど
(自己犠牲の方が楽なんだよね結局)
そのたびに
自己犠牲とは現実逃避だ!!
と自分に言い聞かせようと思う。